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福井地方裁判所 昭和34年(行)4号 判決

原告 畑仲石一

被告 福井税務署長

訴訟代理人 林倫正 外八名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「(一)被告が、原告に対してなした昭和三四年二月一七日付昭和三〇年分所得税の再更正、同月一三日付昭和三一年分所得税の更正、同月一七日付昭和三二年分所得税の再更正の各処分中、営業所得昭和三〇年分五〇七、二四〇円、同三一年分二八、三二四、四〇〇円(当初三〇、八五四、一〇〇円であつたのを、被告が昭和三五年四月一一日付誤謬訂正処分により訂正した金額)、同三二年分七、八〇五、六六一円(当初五、二六五、九六一円であつたのを、被告が昭和三五年四月一一日付再々更正処分により変更した金額)とある部分は、いずれもこれを取消す。(二)被告が原告に対してなした昭和三四年二月一三日付昭和三〇年分所得税の重加算税額一一〇、五〇〇円の、同日付昭和三一年分同税額八、九八二、五〇〇円(当初九、八〇四、五〇〇円であつたのを、被告が昭和三五年四月一一日付誤謬訂正処分により訂正した金額)の、昭和三四年二月一七日付昭和三二年分同税額一、八三一、五〇〇円(当初一、一四七、〇〇〇円であつたのを、被告が昭和三五年四月一一日付再々更正処分により変更した金額)の各決定は、いずれもこれを取消す。(三)原告が昭和三〇年四月一一日から同三二年三月二七日までの間福井人絹取引所及び大阪化学繊維取引所において決済をした人造絹糸の差金取引による所得は所得税法第九条第一項第九号に該当する所得であることを確認する。(四)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、昭和三〇年四月一一日から同三二年三月二七日までの間に、福井人絹取引所及び大阪化学繊維取引所において決済した人造絹糸の先物取引(以下、本件先物取引という)により、昭和三〇年中に五〇七、二四〇円、同三一年中に二八、三二四、四〇〇円、同三二年中に七、八〇五、六六一円の所得を各稼得したところ、被告は、原告に対し、これらの所得をいずれも所得税法第九条第一項第四号に該当する所得であるとして、昭和三四年二月一三日付をもつて、別表(一)ないし(三)の各更正額欄記載のとおり更正並びに重加算税額徴収の各課税処分をなし、次で同年同月一七日付をもつて、別表(一)及び(三)の各再更正額欄記載のとおり再更正の各課税処分をなし、さらに昭和三五年四月一一日付をもつて、別表(二)の誤謬訂正額欄及び同(三)の再々更正額欄記載のとおり、誤謬訂正及び再々更正の各処分をした。

二、原告は、前記各課税処分に対し、次に述べるような違法があることを理由として、その取消を求めるため、所得税法第四九条及び同法施行規則第四八条の規定により、昭和三四年三月七日金沢国税局長に対し、審査請求書を提出し、同書は同月九日受理されたが、三ケ月以上を経過しても裁決処分がなされないので、本訴を提起したものである。

三、原告が、前記の本件先物取引により稼得した所得は、その大部分が差金決済の方法による清算取引(以下、清算取引または差金取引という)によるものであるところ、右清算取引は、高度に臨時偶発的性質を有し、該取引自体常業の対象とならないものである。

したがつて、原告もまた右取引を常業とするものではないから、所得税法第九条第一項の解釈上これを一時所得と認定すべきであるのに拘わらず、被告が、これを事業所得(営業所得)であると認定してなした前記課税処分は、同条の解釈を誤る違法のものである。

(1)  被告は、原告のなした本件先物取引の取引回数、取引数量、取引金額及び原告の経歴、過去の取引状況等を勘案し、本件先物取引による所得は、営利を目的として継続的になされた行為から生じた所得、すなわち、事業所得(営業所得)であると主張するが、次の理由によつて失当である。

清算取引による所得は、高度に臨時、偶発的かつ不規則的性質を有するものであつて、取引回数、取引数量、取引金額等によつて、その臨時、偶発性若しくは不規則性は、なんら変容されるものではない。また、いかなる経験、科学的知識によつても、これを克服することは不可能であるから、右所得が一時所得であることは明らかである。この点に関し、「所得税法に関する基本通達について」と題する昭和二六年一月一日付国税庁長官通達の第一四三項は、「競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金は、たとえ、その払戻を受けた者が、いわゆる常連であつても、その所得は性質上一時的なものであるから、一時所得とする」と規定している。この文言によつても、所得の性質が一時的、偶発的なものである場合には、所得者において当該行為を反覆的に継続しても(常連という用語はこのことを示す)、依然一時所得と解すべきであることは、明白である。

本件先物取引、ことに差金決済の方法による清算取引による所得も、これを実質的に観察すれば、右競輪、競馬の払戻金と同一の性質を有するものと認められるから、一時所得と判定するのが、所得税法の解釈原理たる「実質主義」に合致する正当な解釈である。

また、原告個人は、人絹糸又は人絹織物の販売業或は製造業を営む者でないから、いわゆる営業者に該当しない非営業者であるところ、営業者が、商品取引所において、人絹糸の先物取引を行つた場合(例えば、いわゆる保険つなぎ行為として行われる先物取引)は、本来の営業に附随する業務として、右先物取引により稼得した利益を、本来の営業所得に加算して、所得税を課することは可能であろう。

しかしながら、非営業者のそれに対して、かかる課税をすることは失当である。すなわち、非営業者である個人が、商品取引所において先物取引を行うのは、当初から現物の受渡をする目的を欠き、差金決済のみによつて取引を終結する意図であるのが、取引の実状であり、これらの者は、商品の売買取引という方法を利用して、差金の稼得を目指しているに過ぎず、実質的には、商品の売買を行つている者ではない。単に、商品取引相場の変動という偶然の輪えいに玉を張つているに過ぎない。したがつて、たまたま、その取引により利益を稼得しえたとしても、全く偶然的なものであつて、その性質は競輪、競馬の払戻金による利得と同一視すべきである。

なお、先物取引においては、買または売の行為が、各独立した一回の取引となるものでなく、両者が一体をなしてはじめて一回の取引が完結するものであるから、被告が買または売の行為を、各独立した取引であるとして、原告のなした本件先物取引の回数を計算したことは、先物取引の実体を無視したものである。

また、被告は、原告が本件先物取引の過程において、三七、〇〇〇封度の人絹糸を、一般市場で買入れて、これを引渡して決済したと主張するが、右は一般市場で買入れたものではなく、仲買人会社において、原告の委託取引に便乗して、市場で処分し難い同社の手持品を、取引所に納品して販売のルートに乗せ、委託者たる原告との間では、差金の決済をなしたものに過ぎず、右被告の主張は取引の実状に反するものである。

以上のように、被告は、形式にのみ眩惑されて、本件先物取引による利得を事業所得(営業所得)と認定したものであつて、清算取引の実体を無視し、実質的課税の原則に反するものである。

(2)  清算取引は、事業の対象とならない。すなわち、

(イ)  事業は、ある特定の個人の危険と計算とにおいて、独立的に経営せられる業務であることが、その中核となるものであり、しかも、原則として営利性、有償性を有することを特徴とし、かつ物的要素と人的要素との結合による経済的組織体であることを要し、社会通念上「職業」と認められるものでなければならない。しかるに、清算取引については、主観的な営利性は考えられるとしても、客観的な営利性は考えることができない。また、清算取引は超高度に商機を尊ぶものであつて、その成功は多く個人の勘によつて、もたらされるものであるから、代理行為を許さず、他人の知的または労力的協力によつて、よき結果を期待することは不可能事に属し、全く代理若しくは他人の協力に親しまないものである。本件清算取引においても、原告は、人的・物的設備を全然有しておらず、したがつて、必要経費の支出は皆無である。しかも、清算取引は、社会通念上賭博類似行為とみなされ、公然自己の名を公表して取引をなすものは極めて稀であるのが、その実状である。

これは、商品取引所が、全く実需と遊離した相場本位の投機市場であつて、識者をして、清算取引を賭博類似行為といわしむる所以である。しかのみならず、清算取引は、社会通念上も「職業」と認められていないのであるから、事業の対象とならないものである。

(ロ)  現行所得税法は、いわゆる源泉説を基調とするものであつて、昭和二二年法律第二七号による所得税法の改正に至るまでは、すべて継続的な所得のみに課税し、臨時的・一時的な所得は、課税の対象から除外していたものであり、本件の場合の如き非営業者の行う商品の先物取引に基く所得については、非課税であつたのである。しかるに、戦後の改正により、本件清算取引による所得の如き一時的の収入についても、これを所得としたのであるが、他の定型的な所得源泉から生ずる所得に対しては、その全額に対して課税するのに反し、これと区別し、その所得の半額について課税することになつたものであり、現に地方税法においては、本件の如き非営業者の行う差金取引を、事業税の課税対象となるべき事業に包含せしめず、これによる所得は非課税としているのである(地方税法第七二条第五項ないし第七項)。

(ハ)  所得税法第六六条の二の規定によれば、事業者には、その事業を開廃業する場合に、同法施行規則第六二条に規定する申告書を、所轄税務署に提出すべき義務が課せられているのであるが、これらの規定から推しても、非営業者の行う清算取引が、いわゆる「事業」に該当しないことを推認することができる。けだし、清算取引には、事業場の設置を必要としないし、事業の開始という観念も存在しないからである。

(ニ)  被告は、原告のなした本件清算取引が、所得税法施行規則第七条の三、第一二号にいわゆる「事業」に該当すると主張する。しかしながら、同条に規定する事業の分類は、総理府統計委員会編さんの日本標準産業分類の大分類にしたがつたものであつて、同条第一号ないし第一一号に掲記した事業以外の分を、第一二号に一括して規定したものであるところ、その一括して規定した前記産業分類の中には、商品取引所における清算取引は、包含されていないのであるから、被告の主張は牽強附会である。

(ホ)  被告は、商品取引所法の関係規定を援用して、本件先物取引の本質は、制度的にも売買である旨主張する。しかしながら、先物取引の法律的方法ないし性質と、その取引によつて発生する所得の性質とは別個の問題である。所得発生の規則性、不規則性ということは、経済的観点に立つて判断するのが相当であつて、法令の解釈とは無関係である。清算取引が高度に賭博性を有するからこそ、商品取引所法においては、第八八条、第九〇条、第一四五条等の規定を設けているのであつて、被告の主張は、取引の実際を無視するものである。

四、原告は、本件先物取引による所得税額の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいまたは仮装したことはない。

すなわち、所得税法第五七条に規定する重加算税の課税要件に該当する事実は、存在しないのであるから、被告のなした前記重加算税額徴収の課税処分もまた違法なものである。

前記三(2)(ロ)記載の如く、商品の先物取引に基く所得については、昭和二一年までは非課税であつたのである。その後においても、税務行政が通達行政といわれており、かつ申告納税制度のもとにおいては、納税義務者の所得申告の手引きとなるべき所得の種類判定基準を前もつて明らかにしておくことが、不可欠の要請であり、また、その要請にそうべく、多数の取扱通達が公表されているのに拘わらず、いまだに、商品の清算取引から生ずる所得の判定については、一片の取扱通達も出されていないため、所轄税務署においても、申告指導の目安を欠き、右所得の納税申告について指導がなされたことはなく、却つて、非課税の取扱いであるが如く誤つた指導が行われた事実がある。したがつて、課税の実績は皆無の実状である。しかのみならず、清算取引を委託される商品取引所仲買人は、委託者より徴収する手数料のうちから取引税を納入しているのであるから、右取引に基く税金の問題は、右仲買人において、すでに解決ずみであり、清算取引に基く所得については、課税されないものと一般に確信されていたのであつて、原告もまた、そのように確信していたのである。以上のような実情であつたから、原告が、本件所得税額計算の基礎となる事実を隠ぺいまたは仮装する必要はなく、またその事実もない。

原告のなした本件清算取引が、被告主張のとおり仮名で委託されていたことは認めるが、これは、第一に、原告が、その対外的信用を考慮したためであり、第二に、取引の作戦上必要があつたからである。すなわち、清算取引は、一般に賭博類似の行為であつて、健全な取引とは認められていないため、社会的信用を保持するためには、実名の使用を回避する必要があつたのであり、また強気・弱気の思惑を察知されないよう仮名を使用して玉を分割する作戦を必要としたためであつて、かかる方法は一般に行われているところであり、あえて、原告のみが用いたものではない。

また、原告が、本件先物取引によつて稼得した利益金を、被告主張のとおり福井銀行佐佳枝支店等に、仮名で預金していたことは認めるが、これも、原告の家庭的事情や博徒よりの金銭出損方の強要を、防止するための方法に過ぎないものである。原告が、昭和三一年度以降の先物取引により相当の利益を得たことは、当時の業界紙にも報道されており、いわば、公知の事実であつたのであり、かつ右の業界紙は、昭和二六年三月以降継続して所轄福井税務署に納入されていたのであるから、同署においても、前記の事実を当然察知していた筈であつて、原告が右事実を隠ぺい・仮装するなどということは、全く無意味なことであつたのである。

右のように述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中一、二の事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告が、原告に対してなした原告主張の各課税処分は違法ではない。その理由は、次のとおりである。

(本件課税処分をなした経緯)

一、原告は、大正五年三月小学校卒業以来織物販売業に従事し、昭和八年一二月から福井市佐佳枝中町四一番地において「畑中石一商店」の屋号で、織物販売業を経営し、昭和二五年六月一日原糸織物卸販売業及び福井人絹取引所における先物取引の仲介を業とする訴外株式会社畑中石一商店(原告を中心とする同族会社である)を設立し、その代表取締役として勤務するかたわら、昭和三〇年一月から昭和三二年末日までの間に、株式会社畑中石一商店(本店所在地福井市)、中央織物商事株式会社(同福井市)、西出商事株式会社(同福井市)、大塚屋繊維株式会社(同大阪市)、江口商事株式会社(同大阪市)等に対し、架空名義をもつて、先物取引を委託し、該取引を行つたものであるが、その各年度における取引の状況は

(一)  昭和三〇年分先物取引によつてえた利益の合計額五〇七、二四〇円(株式会社畑仲石一商店を通じ、岩佐外五名の架空名義で、七一回の売買取引を行つてえた利益)

(二)  昭和三一年分先物取引によつてえた利益の合計額は二八、三二四、四〇〇円

(内訳)

1、株式会社畑仲石一商店を通じ、橋本外六一名の架空名義で、七五三回の売買取引を行つてえた利益一六、二一〇、二三〇円

2、株式会社畑仲石一商店を通じ、安田外三名の架空名義で現物受渡によりえた利益七九、七五〇円

3、中央織物商事株式会社を通じ、渡辺利雄外九名の架空名義で七四回の売買取引を行つてえた利益八、五二五、二五〇円

4、大塚屋繊維株式会社を通じ、畑中実名義で一〇〇回の売買取引を行つてえた利益三、三一一、八六八円

5、江口商事株式会社を通じ、畑中実名義で一八回の売買取引を行つてえた利益一九七、三〇二円

(三)  昭和三二年分先物取引によつてえた利益の合計額七、八〇五、六六一円

(内訳)

1、株式会社畑仲石一商店を通じ、安田外三九名の架空名義で二七一回の売買取引を行つてえた利益六、〇七九、三〇〇円

2、株式会社畑仲石一商店を通じ、沢田外三名の架空名義で現物引渡による利益一、一一〇、五七五円

3、中央織物商事株式会社を通じ、大西幸夫外三名の架空名義で四〇回の売買取引を行つてえた利益五三七、三五〇円

4、西出商事株式会社を通じ、林清一名義で八回の売買取引を行つてえた利益二三、〇〇〇円

5、大塚屋繊維株式会社を通じ、畑仲実名義で五〇回の売買取引を行つてえた利益五五、四三六円

となる。

右取引によつて、原告は、別表(五)記載のとおり、七一二回の買約定と七〇〇回の売約定をなし、合計約二一四万封度の人絹糸を売買取引し、そのうち約二一〇万封度は転売または買もどして決済した取引であり、また三七、〇〇〇封度は、九回の売約定により取引したもので、一般市場で八回の取引で人絹糸を三七、〇〇〇封度買入れ、これを引渡して決済したものである。このように、原告が先物取引によつて収得した所得は、原告の前記経歴、過去の取引の状況等の外に取引回数、取引数量、取引金額等諸般の事情を勘案すると、明らかに営利を目的として継続的になされた行為から生じた所得と認められる。

しかして、原告は、給与所得と農業所得以外に、昭和三〇年中に前記先物取引による利益五〇七、二四〇円及び配当所得七七、五〇〇円、昭和三一年中に前記先物取引による利益二八、三二四、四〇〇円及び配当所得六七、五〇〇円、昭和三二年中に前記先物取引による利益七、八〇五、六六一円及び配当所得七、五〇〇円を収得したものであるところ、原告は、福井人絹取引所及び大阪化学繊維取引所において先物取引を行うにあたり、前記のとおり架空の委託名義を使用し、また株式を所有するに当つては、三好利雄等の架空名義を使用して、これら先物取引による利益や、株式配当金を受取り、その所得は別表(四)記載のとおり、福井銀行佐佳枝支店等に架空名義をもつて、定期預金または普通預金として預入し、これら所得の発生事実を秘匿し、昭和三〇年分、昭和三一年分及び昭和三二年分所得税の確定申告をなすに当つては別表(一)ないし(三)の各申告額欄記載のとおり給与所得と農業所得のみを申告して、前記先物取引による所得及び配当所得については、法定の申告期間内に申告をしなかつたものである。ところで、所得税法第五七条第一項は、納税義務者が課税標準税額算定の基礎となる事実の隠ぺい、仮装を行い、それに基いて所得の過少申告をし、または法定の申告期限までに確定申告を行わなかつた場合等において、本税に加算して重加算税額を徴収するものと定めているところ、原告は、前記のとおり架空名義を使用してえた先物取引による所得及び配当所得を隠ぺいし、または仮装し、その隠ぺい仮装したところにもとずいて不実の確定申告書を提出していたものであるから、明らかに右法条に該当するものというべきである。

二、そこで、被告は、別表(一)ないし(三)の各更正額欄記載のとおり、昭和三四年二月一三日付をもつて、昭和三〇年分、昭和三一年分及び昭和三二年分の所得税をそれぞれ更正し、同時に重加算税額の徴収決定をしたが、昭和三〇年分と昭和三二年分の所得税については、算出税額から控除すべき源泉徴収税額の計算の誤りを訂正するため、昭和三四年二月一七日付で別表(一)及び(三)の各再更正額欄記載のとおり各再更正をし、さらに昭和三一年分と昭和三二年分所得税については、原告が、本件先物取引によつてえた利益の年度帰属について誤りを発見したので、昭和三五年四月一一日付をもつて別表(二)及び(三)の各該当欄記載のとおり、昭和三一年分所得税について誤びゆう訂正(減額処分)をし、昭和三二年分所得税について再々更正をしたものである。

(本件先物取引による所得が事業所得に該当する理由)

三、原告は、本件先物取引自体は、臨時・偶発的な性質を有するので、常業の対象とならないものであり、したがつて、原告もまた右取引を常業とするものでないから、該取引による所得は所得税法第九条第一項の解釈上「一時所得」と認定すべきである旨主張する。

しかしながら、右原告の主張は次の理由により失当である。

(一)  所得税法第九条第一項第九号にいわゆる一時所得は、同項に規定する利子所得ないし譲渡所得以外の所得で、(イ)営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の所得であること、(ロ)その所得が一時的性質を有するものであつて、労務その他の役務の対価たる性質を有しないものであること、はその規定自体から明瞭である。すなわち、一時所得とは、その性質が継続的に発生するものではなく、偶然的に発生するものというのであるから、例えば法人から受ける贈与とか、各種懸賞の賞金、福引の当選金とか、競馬・競輪の払戻金とかの偶然性にもとずく所得がこれに該当する。したがつて、原告の行つた本件先物取引による所得のように、営利を得ることを目的とし、反覆継続してなされた行為によつて得られた所得は、到底一時所得に該当するものといえない。

(二)  他方「事業所得」とは、所得税法第九条第一項第四号の規定によれば、商業、工業、農業、水産業、医業、著述業その他の事業で命令で定められるものから生ずる所得をいうものとされ、同法施行規則第七条の三は、卸売業および小売業、製造業等一一種の事業を掲げ「前各号に掲ぐるものを除く外、対価を得て継続的に行う事業」から生じた所得は、事業所得に該当すると規定する。故に、以上の事業となるものの例示及び規定の文言からみれば、事業所得の基因となる事業とは、対価を得る取引が継続して行われるところに事業としての観念が存在する。ところで、商品取引所における先物取引とは「売買の当事者が商品取引所が定める基準及び方法に従い、将来一定時期において、当該売買の目的物となつている商品及びその対価を現に授受するように制約される取引であつて、現に当該商品の転売又は買戻をしたときは、差金の授受によつて決済をすることができるものをいう(商品取引所法第二条第四項)」ものとされているので、先物取引が、対価を得て行う売買取引であることは、多言を要しない。

したがつて、本件先物取引は、前叙のように反覆継続して大量的になされたものであるから、それらの取引によつて得られた所得は、まさに所得税法上の事業所得に該当するものといわなければならない。

四、原告は、先物取引ことに清算取引は、高度に臨時、偶発的かつ不規則的な性質を有するから、非営業者が先物取引を行つてえた利益は、競輪・競馬の払い戻し金と同様に一時所得であると主張する。

しかしながら、先物取引は、その取引自体が商品取引所における当該商品の価格形成の一要素をなすものであるばかりでなく、最高度に技術化された売買組織のもとに、大量かつ迅速に行われる集団的経済取引であつて、まさに商取引の尖端に位するものということができるのであつて、純然たる賭博である競輪や競馬の車券や馬券の購入とは、その性質及び目的においても、社会的評価においても、全く懸隔する行為であり、両者は全く次元を異にするものである。しかして、商品取引所法第二条第四項、第八八条第一号、福井人絹取引所業務規程第五条、第七条第二項、第一七条ないし第一九条、福井人絹取引所受渡細則の規程、福井人絹取引所受託契約準則第二一条ないし第二四条等の諸規定に照らせば、いわゆる差金取引は、結果としては、差金のみの授受が行われることがあつても、それは単に売買技術の問題に過ぎず、その本質はあくまでも売買であつて、売は買もどしを、買は転売を前提とするものではなく、あくまで当該売買の目的たる商品及びその対価を授受する所有権移転を目的とした商品取引であつて、限月の納会日までに買戻しまたは転売を強制されるものではなく、この場合に行われる差金決済については、商品取引所法上任意規定としていることは明らかである。したがつて、本件先物取引は、あくまで当該売買の目的物たる商品及びその対価を授受する所有権移転を目的とした商品取引であつて、本件先物取引による利益は、経済の原則にもとずいて価格の変動を見込み、これによつて売買取引を行つた結果生じたものであるから、原告が主張するように、偶発的なものではない。仮に先物取引が、原告の主張するように偶発的なものであるとしても、それは所得稼得の原因、事情に過ぎず、かかることは、一時所得か事業所得かを区別する標識となるものではない。両者の区別の標準は、継続的行為か、一時的行為かの「行為」の態様にあること所得税法第九条第一項第九号の規定上明白であり、原告の行つた本件先物取引の規模、回数、数量、金額、並びに原告の経歴など諸般の事情を併せ考えれば、本件先物取引による利益は、事業所得であつて、一時所得でないことが明らかである。

五、原告は、また清算取引は事業の対象にならないと主張する。しかしながら、所得税法上の事業所得発生の基因となる「事業」とは、営利を目的とする継続的行為で、一般社会通念上事業と認められるもの一切を指称するものであつて、その継続的行為がその者の本来の業務としてなされる場合であると、副次的なものとしてなされる場合であるとを問わないし、これを職業とすることも必要ではなく、また商法上の商人が営業場を有してなすもののみに限るものでもない。したがつて、事業設備の有無によつて区別すべきものでもない。

所得税法第六六条の二の規定に基く同法施行規則第六二条は、申告書の記載事項の一として「事業場の所在地」を掲げているが、右規定は、事業場のない事業を開始した者がこの申告をする場合には、事業場がない旨及び同条所定のその他の事項を記載すべきことを、定めているものと解すべきであるから、かかる規定の存在は、清算取引を事業の範囲に属さずとする論拠にはならない。

因みに、地方税法においては、事業税の課税について、所得税法上の事業所得となるもののうちから、その課税の対象となるべき事業を掲げているが(地方税法第七二条第五項ないし第七項及び第七二条の五〇参照)、同法は、事務所または事業所を設けないで行う第一種事業、第二種事業、および第三種事業のあることを前提とし、そのような事業に対しても事業税を課することとしている(同法第七二条第四項)。このことから見ても事業の概念を事業設備の有無によつて定めるべきではない。

(重加算税について)

六、原告は、清算取引に基く所得については、昭和二一年まで非課税であり、その後においても先物取引による所得の判定については、なんらの取扱通達も出されていないし、所得税の申告指導も行われたことがなく、課税の実績も皆無である、したがつて所得税はかからないものと確信して、申告しなかつたまでであつて、原告が所得税額計算の基礎となる事実を隠ぺいまたは仮装したことはないと主張する。

しかしながら、投機性を有する清算取引であつても、営利を目的として継続的に行われたものについては、事業所得として課税されることは、つとに行政判例によつて明らかにされており、必ずしも通達を要しないところであり、現に本件先物取引と同様の所得について課税した事例も少くない。

原告は、また原告が先物取引によつて相当の利益を得たことは、公知の事実であるから、右事実を仮装隠ぺいすることは、無意味であると主張する。

しかしながら、右事実が新聞その他によつて一般に報道されたことはない。仮に、相当の利益を得ているという世評があつたとしても、世評と所得の隠ぺいとは、自ら異るものであるから、原告の主張は失当である。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告主張の一、二の事実は、当事者間に争いがない。

二、そこでまず、原告が、本件先物取引によつてえた所得が、所得税法にいわゆる「事業所得」に該当するか、どうかの点について検討する。

いずれも成立に争いのない乙第一ないし第二二号証(枝番号のあるものは、これを含む)、同第二六号証、証人中村吉春の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

原告は、大正五年三月小学校を卒業後、福井市内の織物販売店に勤務し、昭和八年一二月同市佐佳枝中町四一番地において「畑中石一商店」の屋号で、織物販売業の経営をはじめ、昭和二五年六月一日各種原糸、織物卸販売業及び福井人絹取引所における先物取引の仲介を業とする訴外株式会社畑仲石一商店を設立し、その代表取締役として勤務するかたわら、昭和三〇年一月から昭和三二年一二月末日までの間に、福井市所在の右株式会社畑仲石一商店、中央織物商事株式会社、西出商事株式会社、大阪市所在の大塚屋繊維株式会社、江口商事株式会社等に対し、被告主張のとおり架空名義をもつて先物取引を委託し、福井人絹取引所及び大阪化学繊維取引所において、先物取引を行つたこと、右取引の合計は、別表(五)記載のとおり売約定において取引回数七〇〇回、取引数量二、一四六、四〇〇封度(内現物を引渡した取引、九回、三七、〇〇〇封度)、買約定において取引回数七一二回、取引数量二、一四七、四〇〇封度(内現物を仕入れた取引、八回、三七、〇〇〇封度)、差益金三六、六三七、三〇一円(内現物取引によるもの一、一九〇、三二五円)(差益金の金額は当事者間に争いがない)に達することが認められ、右認定に反する証拠は見当らない。

しかして、所得税法第九条第一項第四号、同法施行規則第七条の三の規定によれば、同法にいわゆる事業所得とは「対価を得て継続的に行う事業から生ずる所得」を指称するものと解すべきところ、いずれも成立に争いのない乙第三〇ないし第三四号証(枝番号のあるものは、これを含む)、第三七号証、証人久田重次郎の証言、鑑定人栗原元一、田中勝次郎の各鑑定の結果に、前記認定の本件先物取引の取引回数、取引数量、取引金額及び原告の経歴等諸般の事情を併せ考慮すれば、原告が本件先物取引によつて稼得した所得は、対価を得て継続的に行う事業から生じた所得であつて、所得税法第九条第一項第四号にいわゆる「事業所得」に該当するものであることが認められる。(前記取引回数を、原告主張の如く売又は買を一体として一回の取引が完結するものとする方法によつて計算しても、右認定には影響を及ぼさない)。しかして、右認定に反する甲第二四号証の三ないし七、第二五号証の各記載部分及び証人佐々木秀一、原告本人の各供述部分、鑑定人石渡績、高橋正二の各鑑定の結果は、前掲証拠に照して直ちに措信し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

三、しかして、いずれも成立に争いのない乙第二四ないし第二六号証、第二七号証(但し、後記措信しない部分を除く)、第二八号証の一ないし四、第二九号証の一ないし六、第三二号証、第三五号証の一ないし八、同号証の九(但し、後記措信しない部分を除く)、同号証の一〇ないし一七、第三六号証、証人中河吉春の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、前記先物取引を架空名義をもつて委託し、これによつて稼得した前記所得及び被告主張どおりの配当所得を、別表(四)記載のとおり福井銀行佐佳枝支店等に架空名義をもつて預金していたこと(該預金の存在については当事者間に争いがない)、原告は右各所得について所得税の課税されることを充分認識していたのに拘わらず、昭和三〇年分ないし昭和三二年分所得税の確定申告をなすに当り、これらの所得につき法定の申告期間内に、その申告をしなかつたことが、それぞれ認められ、右認定に反する甲第二五号証、乙第二七号証、第三五号証の九の各記載部分並びに原告本人の供述部分は措信し難く、甲第八、九号証(各枝番号を含む)、第一〇ないし第一七号証、第二三号証、第二四号証の二の各存在は、いまだ右認定の妨げとならず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかして、右認定の事実によれば、原告は所得税額の基礎となるべき事実を隠ぺいまたは仮装し、その隠ぺい仮装したところに基き確定申告書を提出したものといわなければならない。

四、そうすれば、被告が、別表(一)ないし(三)記載のとおり、原告の本件先物取引による所得を、所得税法第九条第一項第四号にいわゆる事業所得に該当するものとしてなした更正、再更正、再々更正、誤びゆう訂正の各課税処分並びに重加算税額徴収の課税処分は、すべて適法といわなければならない。

五、しかるに、原告は、清算取引による所得は、高度に臨時偶発的かつ不規則的性質を有するものであつて、その実質は競輪、競馬の払戻金と同一の性質を有するものであるから、所得税法上の一時所得に該当する旨主張する。

しかしながら、所得税法第九条第一項第九号の規定によれば、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」は、同法にいわゆる一時所得の範囲から除外されていることが明らかであるところ、前認定の事実によれば、本件先物取引による所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得に該当するものと認められるので、右の一時所得には該当しないものといわなければならない。

しかして、商品取引所における先物取引は、高度に技術化された売買組織のもとに、大量かつ迅速に行われる集団的経済取引であつて、右取引自体は、純然たる賭博や競輪・競馬における車券ないし馬券の購入とは、その性質を異にすること被告所論のとおりであつて、右取引を前記の如く多数回にわたり継続的に行つた原告の本件先物取引による所得は、事業所得に該当すること前認定のとおりであるから、右原告の主張は理由がない。

原告は、また清算取引は、事業の要素たる営利性を欠き、かつ社会通念上も職業と認められていない、ことに、原告は事業に必要とされる人的・物的施設を全く所有していないのであるから、事業を営むものではなく、したがつて原告の行つた本件清算取引は事業の対象とならない、また、地方税法上においても、清算取引は、事業税の課税対象となる事業に包含されていない、要するに、本件清算取引による利得は、事業所得に該当しない旨主張するが、所得税法上の事業所得発生の基因となる事業とは、対価を得て継続的に行う事業、換言すれば、営利を目的とする継続的行為であつて、社会通念上事業と認められるものを指称すると解すべきところ、清算取引は、前記のとおりそれ自体が高度に技術化せられた商品売買であるから、営利を目的とするものであることは明らかであり、これを相当の期間にわたつて継続して行う場合には、社会通念上も事業と認められるに至るものであつて、右の如き要件を充す限り、さらに、これを職業として行うことも、また人的・物的の施設などを具備することも、必要とせず、さらにまた清算取引を行う者が人絹糸等の販売業・製造業を営む営業者であると否とを問わないものというべきである。

もつとも所得税法第六六条の二及び同法施行規則第六二条には、開廃業等の申告に関する規定が存するけれども、これらの規定が、右にいわゆる「事業」について、事業場の設置を不可欠の要件としているものでないことは、該規定の文言自体に徴して明らかである。なお、清算取引が地方税法上において、課税の対象となる事業に包含されていないことは、被告の明らかに争わないところであるが、右事実は、いまだ所得税法上の「事業」の概念を前記のとおり解釈するにつき、なんらの妨げにならない。よつて、原告の右主張も理由がない。

六、以上判示のとおり、被告のした本件各課税処分は、すべて違法ではないから、原告の請求は、全部理由なきものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文雄 服部正明 高津建蔵)

(別表(一)―(五)省略)

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